税務調査とそのこぼれ話(3)

今日は、経営者の性格と不正の手口についてお話しします。

私が現役の時、ある調査先で経営者(仮にAさんとしましょう)の方と話をしていました。非常に穏やかで、紳士らしい方でした。そして、それまではすらすらと普通に話をしていたのですが、株式の話になったとたん急にそわそわし始めました。当時(昭和57〜8年)は株式市場絶頂期で「猫も杓子も株式で一儲け」という時代でしたので、調査初日の雰囲気を和らげる意味もあってそういう話題を出したのですが、Aさんはどうも「上の空」でトンチンカンな答えばかりでした。

話が自宅の新築に移った時も、「資金は親からもらった」とか、「親戚に建ててもらったので金はあまりかからなかった」とか、こちらから聞きもしないのに捲し立てました。その内に、視線がある方向に頻繁に向けられるのに気づきました。(私は、人と話をする時は必ず相手の人の目を見て話をします。人によっては嫌がる方もおられますが、相手の目を見て話をするのが礼儀だと未だに思っています。従って、視線が外れると自ずと分かるようになっているのです。)

Aさんの視線の先には、一枚の絵が掛かっていました。

世間話が終わり実地調査になりました。その中で、Aさんが頻繁に株式の信用取引等を行い多額の利益を上げていること、また、その資金で自宅を新築し、建築資金は5,000万円を超えること、更に株式投資資金は、仮名預金から流れていることが分かりました。そこで、株券の所在を追及したところ、何と例の絵の裏側から見つかったのです。

全ての解明が終わった後、何故脱税をしたのか聞いてみました。その答えは、「幼少の頃お金には非常に苦労した。つい最近まで無我夢中で仕事をして金を貯めた。苦労して貯めた預金を税金で持って行かれたくなかった。」というものでした。

彼が、5,000万円を貯めるのに10年も掛かっていませんでした。物凄いエネルギーを感じました。同時に、幼少時の苦労は並大抵ではなかったのではないかとも感じました。

それ以来、私は調査の冒頭に1〜2時間を架けて、経営者の生い立ち、家族の状況、趣味、倫理観、従業員の給与の決め方、社会的責任に対する考え方等をその時々の出来事になぞらえてじっくり聞くようにしました。

そうしますと、後になって「ああやっぱり」ということが良くありました。幼年時に食で苦労した人は、食に。住宅で苦労した人は、土地、建物に。愛情に苦労した人は、愛人に。

これは正しく本能かもしれませんね。


結論を申し上げますと、調査は預金や帳簿等の物を見ながら進めるのですが、あくまでもそれをコントロールしているのは人間、即ち経営者そのものですから、この人間そのものを良く観察し、物との対比で真実を焙り出す心理戦だと言えると思います。

これを、営業あるいは管理の側面に応用しますと、相手の方と良く話をし、家庭事情、信条等が聞ける関係までいけば、いかようにも対策は打てる、といったところでしょか。


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